お盆ということで、「死」について考えてみたいと思います。
祖父の死をきっかけに、改めて考えるようになった人生観と自分の懺悔のようなものを勝手に語りたいと思います。
初めて私が身近な者の死を体験したのは、母型の祖父でした。
小さい頃に随分と可愛がってもらいました。
でも、その頃の私はあまり母型の祖父祖母の家があまり好きではありませんでした。
家から遠いし、小さな家、行ってもあまり面白くない。
そんな私は、父型の祖父祖母の家の方が好きでした。
お小遣いもくれるし、色々な所へ連れってってくれましたし。
そんな感じで、小さい頃はあまり母型の祖父と祖母の思い出はありません。
 そして時は流れ、大学に入学すると母型の祖父が「癌」で入院することに。
それまであまり会わなかったので久しぶりに会いに行くためお見舞いへ。
初めはなんとなく気まずかったんですが、顔を見せると祖父は凄く喜んでくれました。
何回かお見舞いに行くうちに、少しずつ色々と話をすることが出来ました。
今でも覚えています。
病室で2人きりになった際、祖父の背中をタオルで拭いたこと。
その時、初めて祖父の戦争に出兵した時の話も聞きました。
普段は寡黙な祖父だったので、少し驚きました。
とても、とても印象に残っている思い出です。
今思えば、それが私が祖父に最後にしてあげた出来事でした。
情けないもので、それだけしか出来ませんでしたねぇ。
その頃、祖母は軽度の認知症を患っており、混乱を避けるため祖父のお見舞いにいけませんでした。色々と同時起こり過ぎて、あっという間に時が流れていきました。
そして、大学卒業をした私はとある会社へ就職。
新人研修を受けていると突然、私の携帯に危篤の報が届きました。
あまりの突然の出来事に驚いたのを覚えています。
私は「研修なんて抜け出して今すぐ病院へ」と思っていましたが、家族は研修の方が大事だから来なくていいと言われてしまいました。
今でも、その判断を後悔しています。
その後悔は家族のせいにするつもりはありません。
私が「自分の意志で動かなかった」ことを悔やんでいます。
やっぱり、最後に会いたかったです。
身近な人の死というのはとても悲しく、辛いものでした。
祖父から最後に「死」について教えてもらいました。
 そして、祖父の死をきっかけに年々祖母の認知症も悪化していきました。
認知症というのは本当に難しく、介護をしている最中に悪態をついてしまったこともあります。
今思えばひどい話ですが、当時の周りの精神状態はかなり緊迫していたと思います。
そんな祖母も、祖父の後を追うように亡くなりました。
こうして、慌ただしかった日々が終わり、いつもの日常が戻ってきました。
落ち着いてみると、やっぱり後悔しています。
仕事などでの失敗など非にならない後悔です。
祖父とはもう2度と会えないのですからね…。
もっと話しておけばよかった、もっと孝行できればよかった。
自分の出来の悪さを再認識しました。
「自分が後悔しない選択」をするには、自分で決めるしかありません。
いくら他人の意見を聞いた所で、きっと後悔します。
祖父からとても大切な事を教えてもらいました。

人はいつか死ぬ。
これに例外はありません。
そして、人の記憶からすこしづつ消えていきます。
人は「忘れられる」というのが一番つらいことだと思っています。
だからきっと、生きている者が死者へ出来ることは、「思い出す」事なんだと思います。
お盆など死者を弔う行事があります。
そんな時には、いなくなってしまった人たちの事を思い出してあげたいです。