ちょっと用事がてらに以前から行ってみたかった「武山不動」に行ってみることに。


まずは武山不動の説明から致します。
三浦半島もとい武山に、このような場所があったんですねぇ。
本当にまだまだ知らないことばかりです。
この武山不動院の場所はこのあたりになります。

不動院まではアスファルトで舗装された山道をひたすら登っていきます。
私はスーパーカブ50で行きましたが、なんとかギリギリ登っていくことができました…。
ただこの道は主にハイキングコースとして利用されているので、注意して走行しましょう。
また不動院には駐車場はありません。

そんなこんなで到着。
カブがめちゃくちゃ頑張ってくれました。
ありがとう、カブ。
それではさっそく、カブを端に置かせてもらって、参拝をしましょう。


なかなか立派な本堂です。


お賽銭を入れて参拝。
ここ最近、運が悪いというか雰囲気が非常に悪いので何とかしてもらいたいですねぇ。

ちょっと遠めなのでマジマジとみることはできませんでしたが…。
本堂の横には武山稲荷大明神もありました。

さらには身代わり不動なるものまで。

私の運の悪さも身代わりになってほしいなぁ。
武山不動の参拝も済んだので、隣にある展望台へ。

標高約200mらしいです。
どんな景色かというと、こんな感じ。

三浦半島の形がよくわかりますね。
今日は天気が良かったので、とてもきれい。
良い景色だ。


横須賀市街も良く見えますね。
猿島もはっきりとみることが出来ます。
その近くには、海上自衛隊の護衛艦の姿も。

ここら辺は本当に船が多いですねぇ。
景色を楽しんだので、戻ろうかと思って歩いていると気になる文字を発見。
「砲台山」
ほぉこんな場所が横須賀にあったんですねぇ。
いかにも旧日本軍の遺構な香りがします。
原付では行けなさそうですので、歩いて行ってみることに。
この道は完全に獣道で、ハイキングコースの一部みたいです。
アップダウンが意外と激しくなかなかハードでした。
歩くこと数分、「砲台山」に到着。




市制施行七十周年期記念 横須賀風物百選 「武山初不動」武山の山頂に三浦半島霊場の一番札所、龍塚山不動院持経寺があります。文禄3年(1594)、奈良東大寺の僧、万立が関東行脚の途中、この地に立ち寄り、武山のふもとの南武にあった持経院という草庵を仮住まいとし、三尺九寸(117cm)の不動尊を彫刻したのが始まりと伝えられています。天和3年(1683)に修験僧讃誉見随が武山山頂に堂を建立し、不動尊を移して今の山寺号を授けたといわれています。漁師や廻船の船頭たちは、武山を漁場の位置や港の方向を知る目印にしていました。このため、豊漁や海上の安全に霊験あらたかな不動尊として厚い信仰が寄せられ、別名「波切不動」とも呼ばれています。この信仰は、同じ船乗りである旧日本海軍にも受け継がれ、太平洋戦争中は本堂に海軍軍人専用の一角が設けられていたそうです。毎年、1月28日の「初不動」の日に本尊の不動明王が御開帳され、近隣の人々はもとより、遠方からも参詣の人々が大勢つめかけます。参道にはたくさんの露店が立ち並び、名物の「麩菓子」などが晴れがましい雰囲気を盛り上げます。山頂一帯に2,000本のツツジ(アゼリア)が繁茂していて、4月下旬から5月にかけて開催される武山ツツジ祭りの頃には見事な花が楽しめます。そのツツジの中央にある屋上展望台に上がると、東京湾と房総半島、三浦半島の先端のその先には伊豆大島、相模湾を隔てて伊豆半島、そして感動的な富士の秀嶺に目を奪われます。国土交通省「関東の富士見百景」にも選ばれています。
横須賀観光情報|ここはヨコスカより引用

三浦半島もとい武山に、このような場所があったんですねぇ。
本当にまだまだ知らないことばかりです。
この武山不動院の場所はこのあたりになります。

不動院まではアスファルトで舗装された山道をひたすら登っていきます。
私はスーパーカブ50で行きましたが、なんとかギリギリ登っていくことができました…。
ただこの道は主にハイキングコースとして利用されているので、注意して走行しましょう。
また不動院には駐車場はありません。

そんなこんなで到着。
カブがめちゃくちゃ頑張ってくれました。
ありがとう、カブ。
それではさっそく、カブを端に置かせてもらって、参拝をしましょう。


なかなか立派な本堂です。


お賽銭を入れて参拝。
ここ最近、運が悪いというか雰囲気が非常に悪いので何とかしてもらいたいですねぇ。

とても立派な不動明王が安置されています。不動明王は、大日如来が一切の悪魔を払うために変身された姿で、災害を除き財宝を得る功徳があると言われています。特に、武山不動尊は、航海安全の浪切不動として広く知られ、漁業関係者から厚く信仰されています。沿岸漁業者にとっては、この山頂が漁場を定める基準として、あるいは、港の方向を知る標準として欠かすことのできないお山であったことも信仰を深めた一因と思われます。武山の不動尊と親しまれているこの寺院の正式名称は、浄土宗龍塚山持経寺武山不動院です。ここに安置される不動尊は、後小松天皇の御代、応永四年(1397)に奈良東大寺の沙門万務大阿闍利(しゃもんまんむだいあじゃり)が、諸国行脚の途中に、現在の南武にあった持経院に立ち寄り、高さ三尺九寸(約117センチメートル)の不動尊を彫刻して本尊としたものです。その後、修験僧讃与見随(さんよげんずい)が、この山頂に移したと伝えられています。
横須賀観光情報|ここはヨコスカより引用
ちょっと遠めなのでマジマジとみることはできませんでしたが…。
本堂の横には武山稲荷大明神もありました。

さらには身代わり不動なるものまで。

私の運の悪さも身代わりになってほしいなぁ。
武山不動の参拝も済んだので、隣にある展望台へ。

標高約200mらしいです。
どんな景色かというと、こんな感じ。

三浦半島の形がよくわかりますね。
今日は天気が良かったので、とてもきれい。
良い景色だ。


横須賀市街も良く見えますね。
猿島もはっきりとみることが出来ます。
その近くには、海上自衛隊の護衛艦の姿も。

ここら辺は本当に船が多いですねぇ。
景色を楽しんだので、戻ろうかと思って歩いていると気になる文字を発見。
「砲台山」
ほぉこんな場所が横須賀にあったんですねぇ。
いかにも旧日本軍の遺構な香りがします。
原付では行けなさそうですので、歩いて行ってみることに。
この道は完全に獣道で、ハイキングコースの一部みたいです。
アップダウンが意外と激しくなかなかハードでした。
歩くこと数分、「砲台山」に到着。




三浦富士から武山に続くハイキングコース上にある大塚山は、昭和初期に海軍が砲台を造ったことから、砲台山と呼ばれるようになりました。山頂には、金網で囲まれた海上保安庁の武山受信所があり、パラボラアンテナがそびえています。その横に、すり鉢状の砲台跡が今もきれいに残されています。すり鉢の中央には、かつて高角砲が据えられていました。側面に開けられた8個の四角い穴は、弾薬の格納庫と思われます。
横須賀観光情報|ここはヨコスカより引用
旧日本海軍の砲台が設置されていたんですねぇ。
今もなお綺麗な状態で残っています。
また、実際に中に入ったり触ったりできるので歴史を肌で感じることが出来ます。
こんな山奥に砲台を作るのは大変だったでしょうねぇ。



砲台跡の周りには、海軍の遺構とおもしきものがチラホラ見えます。
こうやって歴史は風化していくのかと思うと少し物悲しくなります。
でもこうしてヒトは未来を生きていくんですね。
ちょっとだけ砲台跡で休憩した後は、武山不動に戻ります。
あいかわらず坂道が地味にきつい…。
ゼエゼエ言いながらなんとか到着。
ここからはスーパーカブに乗っていくので楽ちん。
そして、用事を済ませた後は、汐入によって護衛艦を撮影しに行ってきました。
停泊していたのは、海上自衛隊 護衛艦「いずも」。

いつみても大きいですねぇ。
なかなかいい角度で撮れたので満足。
こうして、ちょっとした横須賀探訪が終了しました。
まだまだ知らないところがいっぱいあるなぁ。
今もなお綺麗な状態で残っています。
また、実際に中に入ったり触ったりできるので歴史を肌で感じることが出来ます。
こんな山奥に砲台を作るのは大変だったでしょうねぇ。



砲台跡の周りには、海軍の遺構とおもしきものがチラホラ見えます。
こうやって歴史は風化していくのかと思うと少し物悲しくなります。
でもこうしてヒトは未来を生きていくんですね。
ちょっとだけ砲台跡で休憩した後は、武山不動に戻ります。
あいかわらず坂道が地味にきつい…。
ゼエゼエ言いながらなんとか到着。
ここからはスーパーカブに乗っていくので楽ちん。
そして、用事を済ませた後は、汐入によって護衛艦を撮影しに行ってきました。
停泊していたのは、海上自衛隊 護衛艦「いずも」。

いつみても大きいですねぇ。
なかなかいい角度で撮れたので満足。
こうして、ちょっとした横須賀探訪が終了しました。
まだまだ知らないところがいっぱいあるなぁ。
