昨日も行きましたが、どうしても気になっていた場所があったので今日も行ってみることに。
目的地は三浦市の「劒崎灯台」です。
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劒崎灯台は以下の場所にあります。
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三浦半島の東側、劒崎にあります。
この辺りは高低差が激しく、長い坂道を登っていくと辺り一面に畑が広がっています。
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大根とかキャベツで有名ですね。
いやーのどか。
劒崎灯台への道は途中までは一般道を使用しますが、途中恐ろしく細い道になります。
農道といった感じでしょうか?
クルマ一台がやっと通れるか通れないかぐらいの道幅ですので、注意が必要です。
また駐車場もないため、あまり観光に向いておりません。
私はスーパーカブだったので全く問題ありませんでした。
こういう所が横須賀もとい三浦半島の悪い所ですね…。
さて、そんなこんなで劒崎灯台に到着。
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剱埼灯台(つるぎさきとうだい)は、神奈川県三浦市東部、剱崎突端に立つ白亜塔形の大型灯台である。
1866年、アメリカ、イギリス、フランス、オランダの4ヶ国と結んだ「改税条約」(江戸条約)によって江戸幕府が建設を約束した8ヶ所の灯台(条約灯台)の一つ。設計は「灯台の父」と呼ばれるお雇い外国人リチャード・ブラントンが担当し、当初は石造であった。現在使用されている灯台はコンクリート造で、関東地震(関東大震災)の後に再建された2代目のもの。
三浦半島南東端に位置しており、浦賀水道・相模灘を照らす。剱崎から南南東に位置する館山市洲崎(洲埼灯台)までを結ぶ線が浦賀水道(東京湾)と太平洋の境界となっている[1]。周辺は岩礁が発達し、対岸に房総半島を望む風光明媚な地である。
-wikipedia参照-
浦賀水道と太平洋の境界を見守っているんですね。
それにしても歴史ある灯台ですねぇ。
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皇太后陛下もいらしているみたいですね。
三浦半島はこういった歴史あるものがたくさんあるのにあまりアピールしないし、お金をかけないのがもったいない。
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灯台から望む景色はとても美しいです。
石垣島の灯台に行った時を思い出しました。
周りを見渡しても海、海、海。
こういった所は本当に心が癒されます。
岩場になっている所では、釣り人の姿が。
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良いですねぇ~のんびり釣りができそう。
しばらく景色を楽しんだ後、グーグルマップで辺りを調べてみると神社のマークを発見。
どうやら下の岩場にある模様。
あんな何もなさそうな岩場に本当にあるのか?と思いましたが、せっかくなので行ってみることに。
一度来た道を戻り、海岸線に降りられそうな道を発見。
さっそく岩場を歩いていきます。
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岩場にポツンとあった「劒崎石碑」。
こんなところ誰が来るんだって感じなところに置いてありました。
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少し歩くと、鳥居を発見。
本当にあった…!
近づいてみると、小さな社がありました。
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それでも様々な人が参拝しているようで、御供え物がたくさん置いてありました。
結構みなさん来てるんですねぇ。
私も来たからには参拝。
潮が満ちたらこの場所まで海水が来そうな気がしますが、凄い所にありますねぇ。
海の安全を護ってくれているのかもしれませんね。
せっかくなので、もうちょっと岩場の奥までいってみることに。
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海を覗くと透き通った綺麗な水が。
個人的に感想ですが、私が小さい頃に比べるとすごく綺麗になったなと思いました。
思い出補正かもしれませんが、子供の頃の海はゴミばかりで緑色の汚いイメージしかありませんでした。
きっと気のせいでしょう。
岩場には所々、建物の跡のような場所がありました。
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昔なにかの建物でもあったんでしょうか?
もしかしてこれも海軍の遺構かも!?
今度調べてみようっと。
岩場をグイグイ進んでいくと、何やら看板を発見。
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「矢の根井戸」というものらしいです。
源為朝という人物にまつわる場所のようです。
歴史にはさっぱりなので、この人物初めて知りました。
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これがコンコンと湧き出てきた井戸のようです。
こんな歴史的なものが完全に放置されているのは可哀そうだなぁ。
こうして過去は忘れ去られていくのでしょうかね?
と、ノスタルジックな感じになってきたので、撤収。
帰り際、今度はマックで休憩。
新しいカフェラテを試してみました。
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マックもスタバみたいなことをやりだしたんですね。
本題の味ですが、やっと普通に飲めるマトモな味になったなという感じ。
マックはもっともっと品質を高めていってほしいですねぇ。